イスラームの大きなイベント、犠牲祭(Eid ul Adha)について

 
イスラームの大きなイベント犠牲祭(Eid ul Adha)が、9月12日(月)に決まりました。

 
Eid Ul Ahda(イード・ウル・アドハ―)は、
メッカの大巡礼(ハッジ)の勤めが終ったことを祝うもので、
巡礼に行かなかった人も、牛、羊、ヤギ、鶏などを生贄にして、お祝いするものです。

 
自分の所有に合わせて牛、ヤギ、ヒツジ、鶏などを購入し、
さばいたお肉を貧しい人たちに分け与えます。

 
イスラムHPより http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/nyumongishiki_02.html#aid

“「イード」の日とその次の二日間、
すなわちズル=ヒッジャ(第十二月)の十日、十一日、十二日には、
一家族につき山羊か羊一頭を、そして七家族につき牛一頭を犠牲に捧げる。
肉の三分の一は自分たちで用い、残りの三分の二は生肉のまま貧しい人々に分けたり、
友人や縁者への贈物とする。”

 
日本の感覚だと、牛や羊は「食肉工場で」さばかれるものですが、
Eid ul Adhaの時は、各家庭の庭や街角に、牛や羊、ヤギなどが繋がれ、
専門の人によって、そこでさばかれます。(注:国や地域によって異なります。)

 
Eidの数日前には購入し、本当に「そこらへん」や、庭先に牛やヤギをつなぎ、
さばかれるまでの間は家庭で、面倒をみます。
だから、その時間が長いほど、「かわいいなぁ」など愛着もわいてくるのですが、
Eid当日にはバサッとやられるわけなので、その心境たるや、複雑です。

 
数年前、私がパキスタンに滞在していたときに、初めて現地で、Eid ud Adhaを体験しました。
家の中庭には、買われてきた3頭のヤギがいて、
一緒に連れていった子どもたちも、餌をやったり、ちょっかいを出したり。
けっこうかわいいヤギさんでした。

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当時の様子を、日記にこう記しています。

 
 
(ここから)

 
2時間ほどひっきりなく来客が続き、やっと落ち着いたのが13:00ごろ。
ほっとするのもつかの間、今度はメインイベントの「クルバーニ」が始まる。

 
家の中庭にいた3頭のやぎが、表に連れ出され、肉きり職人によって
頚動脈を一きりに、さばかれた。・・・が、私はその様子を見ていない。

 
甥っ子や姪っ子たちは、山羊が「山羊肉」になっていく様を見るために表に出て行った。
娘も息子も、甥っ子に手を引かれて一緒に行った。
止めようとも思ったが、「これも経験、見せるべき」という
義母の強い勧めで、あえて止めなかった。

 
が、私の子どもたちには、衝撃が強すぎたようだ。
しばらくすると、娘はくしゃくしゃの顔をして家の中に戻ってきて、私にこういった。

 
「ママ、やぎさん怪我しちゃったの。血ィがいっぱいなの。
 なんで?なんで?」

 
泣いてはいなかったが、今まで一緒に遊んでいた山羊が、
一刀のもとに倒れる姿をみて、混乱している様子。

 
私は必死に考えていた説明を、娘にしてみた。

 
「あのね、やぎさんは神様の所にいくために、お家にきたの。
 やぎさんはみんなにお肉をくれて、みんなを元気にしてくれるんだよ。
 やぎさんにありがとーってしながら、後でお肉を食べようね。」

 
上手に説明できたか分からないが、娘は私の言葉にしきりにうなずき、
「あとで、やぎさんのお肉食べる」と答えた。

 
こういう出来事があると、動物の肉を食べるということが、
イコールで彼らの命をもらっているということに、私自身も気づかされる。
スーパーマーケットでパックされているお肉を見るのとは全く違う衝撃もある。

 
3歳の息子のほうはケロッとしていたが、何か感じることがあったのだろうか?

 
さばかれた肉は、家庭の女性たちにより分けられ、しかるべき家庭に配布される。
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夜は21:00すぎに、夕飯に招待された親戚の家に出かける。
イードのために、みんな実家に帰ってきているので、総勢40名ほどで夕飯。
招かれた家のリビングが、足の踏み場もないほど、人で満たされている。

 
出された夕飯は、ビリヤニとカレーと、肉の串焼き。
全部に山羊肉。

 
明日は牛のクルバーニだ。

(ここまで)

 
日本では、このような犠牲祭を体験することはできませんが、
モスクや国内・海外の団体を通して、牛や羊、ヤギを購入して寄付するなどはできます。

 
心と意識をきちんともって、Eid ul Adhaを祝いたいと思っています。

 
 
※トルコの犠牲祭の様子を、漫画家の高橋由佳利さんが漫画エッセイにしています。
トルコのこと、イスラムのこと、様々に書かれていて、面白いですよ!
トルコで私も考えた